ホンダ・イノベーションズ株式会社は、Hondaとスタートアップ企業の協業や出資を行う、コーポレート・ベンチャー・キャピタル(CVC)、「Honda Xcelerator Ventures」に取り組んでいます。HondaのCVC活動とは何なのか?また、その仕事の醍醐味について、スタートアップのソーシング活動を担うAlliance Development(AD)を中心とした3人の社員が語ります。
Associate / Alliance Development
朝比奈 友里
金融機関にてベンチャーキャピタル(VC)出資業務を経験し、事業会社でスタートアップ投資やアライアンス推進を経て、2024年にホンダ・イノベーションズに入社。現在はアジア・オセアニア地域担当のAlliance Development(AD)として、ディープテックスタートアップのソーシング活動全般を担当する。
Senior Associate / Project Management
羽根田 里志
2015年からシリコンバレーのHonda Innovationsと共にスタートアップ協業に従事。Honda Xcelerator Ventures日本拠点の立ち上げ、スピンアウトプログラムIGNITIONと3社の立ち上げなどを経て現職。主な業務は、ソーシングされた案件の出資提案、各種デューデリジェンス(DD)、グローバルチームのプロジェクトマネジメント。
Lead Associate / Tech Evangelist
倉品 大輔
2005年、本田技術研究所に入社。水素ステーションや家庭用発電、またエネルギー商材や新技術の研究開発に携わる。2023年より、ホンダ・イノベーションズの一員として、スタートアップ企業とHondaの協業プロジェクト組成や、スタートアップの優位性となる技術評価などを行うTech Evangelistチームに所属。
SECTION1
最初に、ホンダ・イノベーションズ株式会社の設立経緯や組織構成について教えてください。
羽根田 ホンダ・イノベーションズ株式会社は、スタートアップ企業とHonndaのコラボレーションを促進するオープンプログラム「Honda Xcelerator Ventures(ホンダ・エクセラレーター・ベンチャーズ)」を推進する、Hondaのグループ企業です。HondaはHonda Xcelerator Venturesプログラムを通し、日本、北米、欧州、イスラエルなど、グローバルで先進技術を有する多くのスタートアップ企業に出資・協業する、いわゆるコーポレート・ベンチャー・キャピタル(以下、CVC)に取り組んでいます。
スタートアップ企業への投資と協業を目指す活動自体は、アメリカのシリコンバレーで2005年頃から行っていました。最初は出資から、その後は主に技術的な協業を中心に活動を広げていきました。協業が増えてくるにつれて、スタートアップ企業側からも出資への期待が高まっていったこと、また出資によってさらに協業を加速できることなどを踏まえ、2020年頃、現在のように出資と協業を両面から進める方針が定まっていきました。
こうして出資と協業を両面から進めるとなると、日本の経営陣や各部門との連携が以前に増して重要になります。そこで、2023年4月、グローバルでのCVC機能を担うホンダ・イノベーションズ株式会社を日本に設立しました。
現在は、グローバルのヘッドクォーターとして、Honda の全社戦略と連動しながら、本田技研工業とともにスタートアップ企業への出資・協業を目指して活動しています。
朝比奈 私の仕事は、主にスタートアップ企業のスカウティングを行うことです。優良なスタートアップ企業を発掘し、Tech Evangelistチームと相談しながら、協業・出資提案を行います。
倉品 私は、もとは本田技術研究所でエネルギー商材や新技術の研究開発に携わっていましたが、ホンダ・イノベーションズ設立時に出向し、専属で働いています。主な役割は、朝比奈さんのAlliance Development (以下、AD)チームから紹介されたスタートアップ企業について、技術者の視点からの技術評価を行うことです。
SECTION2
朝比奈さんの入社理由やご専門を教えてください。
朝比奈 私は新卒で金融機関に入社し、プライベートエクイティファンドやベンチャーキャピタル(以下、VC)の出資業務などに携わった後、事業会社でスタートアップとのアライアンスに向けたデューデリジェンスやスキーム検討、投資後の予実管理などのモニタリング業務を2年ほど担当しました。そうした経験をする中で、主体的にCVCのフロント業務に携わりたいと思うようになりました。CVCの魅力は、ファウンダーと出資者、当社の場合はHondaですが、その両者のために並走できることです。そのような機会を検討していた中、グローバルで歴史ある活動実績と、協業の実現に向けた体制が整備されていることに惹かれ、ホンダ・イノベーションズへの入社を決めました。
羽根田 Hondaには技術者はいますが、朝比奈さんのようにファイナンシャルに強く、事業会社で出資経験のある人はまだ少ないんです。今後我々がCVCをさらに推進していくには、朝比奈さんのようなメンバーが不可欠だと感じています。
倉品 また技術者の立場から言うと、朝比奈さんのような方は技術者と着眼点が異なるので、私たちが気づかなかった意外な観点から有望な案件を見つけてきてくれるのがありがたいところです。たとえば「エネルギー」というと私たちは「水素」や「電気」を思い浮かべますが、朝比奈さんは全く異なる切り口からスタートアップ企業を探し出してきたりする。研究所側の戦略の拡張という部分でも、朝比奈さんのような異なる視点が大いに貢献すると感じています。
朝比奈 私は技術の専門家ではありませんが、「技術によって次にどのような社会課題を解決するのか」ということには強い関心があるんですね。とくに、現在の当社の主要探索領域であるカーボンニュートラルや事故ゼロといったテーマは自分の興味関心と一致していました。それも入社理由のひとつと言えます。
SECTION3
朝比奈さんの具体的なお仕事内容を教えてください。
朝比奈 ホンダ・イノベーションズでは世界各地にADがいて、それぞれが地域に根を張り、優良な案件のソースを常に複数抱えています。私自身は、日本に拠点を置き、アジアとオセアニアを担当していますが、国内よりも海外の案件を扱うことのほうが多いですね。さまざまな業界関係者とつながりを持つために、積極的に人に会いに行き、自分の足で情報を集めることを心がけています。
倉品 先ほども、朝比奈さんは意外な観点から案件を見つけてきてくれるという話をしましたが、どのようにスタートアップ企業を探されるのですか?
朝比奈 意識しているのは、早い段階から相手を正確に理解し、一般的なVCで実施する投資適格性の観点に加え、Hondaと合うか否かを見極めることですね。「Hondaに合う/合わない」の判断基準は主に二つありますが、その一つは企業のマインドセットです。Hondaのフィロソフィと通ずる、新技術の社会実装と事業インパクトに焦点をあてている企業とは、早い段階で話が盛り上がりやすいです。
もう一つは、戦略的観点から、革新的な協業を進めていける技術があるかということです。ただこれについてはADの意志による部分も大きいですね。「Hondaへのインパクトが大きい」と判断しうる技術や事業を持つスタートアップを探索しています。
倉品 私たち技術者は、ピッチャーとキャッチャーで言うとキャッチャー役。「こういう技術がほしい」という「サイン」は出しますが、球を投げてくれるのはADです。その際には「この案件を投げてよいのか?」という判断や勇気も求められると思うのですが……。
朝比奈 倉品さんなら、私が投げた案件を受け止めてくれると信じています(笑) チームの連携がうまく取れているからこそ、私も動きやすいんですね。
倉品 実際には、有望なスタートアップが見つかった後でも社内で何度も議論を重ねるため、実際に出資が決まるまでには時間を要することもありますが、その間、担当のADはずっと先方のスタートアップとタッチポイントを持ち続けてくれています。最前線に立ち、しっかりとスタートアップ企業との関係を維持しなくてはならないADは、非常に人間性が問われる仕事だと思います。
朝比奈 たしかにこの仕事には、スタートアップ企業、研究所、その他社内の決裁を取るプロセスなど、さまざまな要素を繋ぎ合わせて物事を総体的に見ていく力が必要です。体感的には、VCよりもCVCのほうが、よりこうしたスキルが問われる場面が多いと感じています。
SECTION4
CVCを行う上で、Hondaの強みとは何でしょうか?
羽根田 Hondaは世界中にビジネスを展開しており、自動車やバイク以外にも、ロボティクスや、エネルギーなど、多様なプロダクトを持っています。ホンダ・イノベーションズも日本に限らず、アメリカ、欧州、イスラエルと、それぞれ現地で採用したメンバーとともにチームを組み、幅広い技術領域をカバーしています。そうしたリソースを活用してCVC活動を行えるのが面白いところです。
さらに、スタートアップ側にとっては、「ホンダと組む」ということが技術力の裏付けになったり、ホンダと共に事業をグローバルに拡大させる可能性なども、魅力に感じていただけるところではないかと思いますね。
朝比奈 スタートアップ企業とお話しする際に、「HondaのCVCだからこそグローバルな展開や共同での製品開発ができる」とお伝えすると、興味を示していただけるケースが多いです。そもそも優良なスタートアップ企業であれば、Hondaからの出資なしで大きな成長を遂げる可能性は十分にあるわけですが、本田技術研究所が持つ技術力や、Hondaのグローバルな事業展開を掛け合わせることで、企業価値を高めることができます。お金だけでは解決できないこともHondaとの共創があれば実現できるというHondaのCVCの特徴は、私も常日頃から感じています。
羽根田 一般的にCVCのよくある課題として、「出資はしたが何も起きない」ということがあります。HondaのCVCでは、出資前後にかかわらず、協業による戦略的なシナジーを重要視しており、結果としてスタートアップのバリューアップにも繋がる関係性を目指しています。さらにその一方で、短期的には協業が無かった場合でも、未だ社内でも取り組んでいない未知の領域にも踏み込んでいく。という2つの大きなチャレンジを行っています。最も苦労している部分ではありますが、スタートアップはもちろん、Hondaやエコシステム全体が成長していくCVCを実現できるよう地道に頑張っています。
朝比奈 もうひとつ、ホンダ・イノベーションズの強みを挙げるなら、倉品さんのような各分野の研究者が、専任で出向しているという点が挙げられます。実は、CVCのチームにこれだけ多くの技術の専門家がいるのは、非常に珍しいこと。当社では、彼らが常時チームにいることで、CVCの最難関である社内連携も強化しています。
羽根田 技術者がCVCを担当するといったことは他社でも行われていると思うのですが、それに加えてHondaでは、組織としてキーとなる部門としっかりパイプを作り、具体的には出向という形で各部門の技術者に参加してもらっています。現在は、フルタイムの倉品さんたちをはじめ、パートタイムを含めると10人ほどの技術者が、ホンダ・イノベーションズに在籍しています。
朝比奈 私たちADが案件を探してきたとき、当社ではすぐに専門の技術者に繋げられるので、その後の進展にも大いに期待できます。CVCに適した体制が整備されているので、ADとしてもトスアップがしやすいんですね。
SECTION5
最後に、お三方の今後の目標について教えてください。
朝比奈 将来的には、自ら発掘したスタートアップ企業とHondaが協業し、社会課題に対して重要なブレイクスルーをもたらすことを期待しています。様々な社会課題の解決において、グローバルな拠点と多様なリソースを持つHondaが貢献できることは大きいはず。そして、可能性を秘めた技術を持ち、社会課題解決に取り組もうとするスタートアップ企業も世界中にあります。ADとして、同じ志を持つ企業同士を繋ぎ合わせ、より大きな価値を創出する最初のきっかけを作っていきたいです。
羽根田 私は、Honda Xcelerator Ventures活動で協業したスタートアップ企業が大きく成長し、Hondaを追い越すくらい世の中に広まる存在になることを願っています。スタートアップ企業がHondaを逆転したとなれば、Hondaも変わらざるを得ず、さらなる進化を遂げることができるでしょう。スタートアップ企業とは、ともに技術を通じて感動や驚きを生んでいく仲間でありライバルでありたいですね。
もう一つは、戦略的観点から、革新的な協業を進めていける技術があるかということです。ただこれについてはADの意志による部分も大きいですね。「Hondaへのインパクトが大きい」と判断しうる技術や事業を持つスタートアップを探索しています。
倉品 Hondaのような大きな会社では研究や審査に時間がかかるので、新しい技術がお客様のもとに届くまでにどうしても時間がかかります。そんな中で、動きの早いスタートアップ企業によって、革新的な技術をより早くお客様のもとへ届けることができるかもしれない。CVCという活動を通じて、お客様により早く喜びを提供することが私の願いですね。
羽根田 創業当時のHondaはまさに今でいうスタートアップ企業で、その頃から脈々と引き継がれている「お客様のために」というスピリットは、スタートアップ企業と非常に類似しています。また、Hondaには「技術の前ではみな平等だ」という本田宗一郎の精神があり、スタートアップ企業の技術を見て素直に面白いと感じる技術者がたくさんいます。このようなHondaの風土があるからこそ、スタートアップ企業とよい協業ができるのだと思います。
朝比奈 入社して間もない私も、Hondaのベンチャースピリットを強く感じていますし、チームの自由闊達な雰囲気はとてもありがたいです!また、日頃から北米やヨーロッパ、イスラエルなど、世界中の技術トレンドの情報が行き交っているのも、仕事の枠を超えて純粋に面白いですね。世界各国のスタートアップビジネスとHondaの事業を接続するというダイナミックな取り組みに日々刺激を受けながら、新しい価値の創造にチャレンジしていきたいと思います。